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名古屋地方裁判所 平成6年(ヨ)655号 決定 1994年8月05日

主文

一  債務者木下善彰及び同六川晴美は、午後一一時から翌日の午前六時までの間、別紙物件目録一の建物(以下「本件建物」という。)において、カラオケ装置を自ら使用し、若しくは第三者をして使用させてはならない。

二  債務者木下善彰及び同六川晴美は、午後一〇時から翌日の午前六時までの間、別紙物件目録二の土地(以下「債権者宅敷地」という。)内に、本件建物のカラオケボックス営業によつて生じる騒音を、四〇デシベルを超えて侵入させてはならない。

三  債権者の債務者木下善彰及び同六川晴美に対するその余の申立て並びに債務者木下華子、同金林幸愛に対する本件申立てはいずれも却下する。

四  申立費用は、債権者と債務者木下善彰及び同六川晴美との間においては、債権者に生じた費用の三分の二を同債務者らの負担とし、その余は各自の負担とし、債権者と債務者木下華子及び同金林幸愛との間においては、全部債権者の負担とする。

理由

一  申立ての趣旨

1  債務者らは、午後一一時から翌日の午前六時までの間、本件建物において、カラオケ装置を自ら使用し、若しくは第三者をして使用させてはならない。

2  債務者らは、債権者宅敷地内に、本件建物のカラオケボックス営業によつて生じる騒音を、四〇デシベルを超えて侵入させてはらない。

3  債務者らが第一項に反し本件建物においてカラオケ装置を使用し、または第二項に反し債権者宅敷地に四〇デシベルを超える騒音を侵入させたときは、債務者らは、債権者に対し、一日につき金五万円の割合による金員を支払え。

4  債務者らは、午後一〇時から翌朝六時までの間、本件建物の敷地内にある別紙図面一記載1、2、3の照明灯を点灯してはならない。

二  当事者の主張

債権者の主張は、仮処分命令申請書及び準備書面三通のとおりであり、債務者らの主張は、答弁書、準備書面及び第二準備書面のとおりである。

三  裁判所の判断

1  債務者木下華子及び同金林幸愛に対する申立てについて

債権者の本件申立ては、本件建物においてカラオケボックスを営業することにより発生する騒音等の被害の排除を求めるものであるから、本件の相手方となりうるのは、本件建物においてカラオケボックスを営業している者に限られるというべきである。

そうすると、本件においては、債務者木下華子及び同金林幸愛は、いずれも本件建物におけるカラオケボックスの営業には携わつていないことは右債務者両名の主張から明らかであり、債権者から右債務者両名がカラオケボックスの営業に携わつているとの疎明もされていないから、結局、債権者の右債務者両名に対する本件申立ては、不適法な申立てというべきである。

一方、債務者木下善彰及び同六川晴美は、本件建物におけるカラオケボックスの営業に携わつている者であるから、右債務者両名に対して本件仮処分命令を申し立てることはできるというべきである。なお、債務者六川晴美は、債務者木下善彰の履行補助者にすぎないと主張しているが、債務者木下善彰の主張によれば、債務者六川晴美は、本件建物におけるカラオケボックス事業から株式会社メッカが撤退した後に、自らの収入を得るため債務者木下善彰に懇願して本件建物においてカラオケボックスの営業を再開したものであると認められ、債務者木下善彰から給料として報酬を受け取つているとの疎明もないから、債務者六川晴美の右主張を認めることはできない。

そこで、以下、債務者木下善彰及び同六川晴美に対する本件申立てにつき、理由があるか否かについて検討する。

2  被保全権利について

(一)  疎明資料によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件建物は、従前から「カラオケボーイ」という名前でカラオケボックスとして営業されており、債権者は、本件建物の北側に居住している。本件建物の西側敷地は本件建物の駐車場であり、さらにその西側は高蔵寺駅につながる国道一五五号線(ただし、現在では新しいバイパスが新国道一五五号線として完成し併用されている。)の道路敷地となつている。本件建物の周辺の位置関係及び環境は、概ね別紙図面一のとおりである。(争いがない)

(2) 本件建物には、債権者宅敷地側等に複数の空調機が設置されており、本件建物の敷地と債権者宅敷地との境界には、高さ約一・四メートルのコンクリートブロック塀が設置されている。また、本件建物の駐車場には、別紙図面一のとおり五基の照明灯が設置されている。(争いがない)

(3) 本件建物では、従前株式会社メッカが「カラオケボーイ」という名前でカラオケボックスとして営業していたが(争いがない)、債権者から、当裁判所に対し、本件建物から発生するカラオケによる騒音の妨害排除を求める仮処分命令申立てがされ、当裁判所は、平成六年六月六日、株式会社メッカに対し、午後一〇時から翌朝六時までのカラオケ装置の使用禁止及び午後一〇時から午後一一時までの間、債権者宅敷地に四〇ホンを超える騒音を侵入させてはならないとの旨の仮処分命令を出した。

(4) 債務者木下らは、株式会社メッカが「カラオケボーイ」の営業から撤退した後、平成六年六月一二日から、本件建物につき、防音換気扇五箇所については防音フード取付工事及び振動防止のためのコーキングを行い、客室窓二箇所については完全に塞ぐ形で防音工事を行つた。

(5) 債権者が、平成六年七月一六日(土)の午後九時ころに、本件建物の敷地と債権者宅敷地との境界線に設置されているコンクリートブロック塀の上部約一〇センチメートルの位置で、騒音計(リオン普通騒音計)を使用して本件建物から発生する騒音を測定したところ、別紙図面二のB地点でカラオケ伴奏音が約六〇デシベルに達した。また、同日の午後一〇時から一一時五分の間に騒音測定を行つたところ、別紙図面二のA地点では、本件建物の北側空調機の音が常時約六二デシベルのレベルであり、カラオケの音(伴奏・歌声)は耳には関知できるものの空調機の騒音のレベルを超えることはなく、B地点では、空調機の騒音が常時約五七デシベルのレベルであり、カラオケの音についてはA地点と同様の状態であり、C地点では、空調機の騒音が常時約五四デシベルであり、カラオケの音は空調機の騒音を上回つて約五七デシベルに達することも多かつた。

(6) 債権者が、平成六年七月二二日(金)の午後一〇時三〇分から午後一一時までの間、騒音計(リオン普通騒音計)を使用して債権者宅内部での騒音を測定したところ、南側サッシ戸を開けた状態では四八ないし四九デシベルであり、南側サッシ戸を閉めて施錠した状態では三七ないし三九デシベルであつた。

(7) 平成六年七月二五日(月)の午後一〇時から一一時四〇分の間、本件建物から前記(5)で騒音を測定した以上のカラオケ音が空調機の騒音を上回つて発生していた。

(8) 本件建物の駐車場には、別紙図面一記載の五基の照明灯が設置され、いずれも駐車場内に照明が向けられている。右五基の照明灯により、本件建物の駐車場はかなりの明るさが確保されている。

(二)  債権者の被害が受忍限度を超えるものか否かについて

(1) 本件のように人格権等の侵害を理由として相手方に対し一定の行為をすることを禁じることを求める場合には、その侵害(被害)の程度が受忍限度を超えていることが必要である。

ところで、愛知県においては、愛知県公害防止条例(以下「条例」という。)及び同条例施行規則(以下「規則」という。)が制定されており、条例の第四八条一項は、「飲食店営業その他の営業であつて規則で定めるもの(以下「飲食店営業等」という。)を営む者は、規則で定める基準を超える騒音を発生させてはならない。」と規定し、規則の第二八条一項において条例第四八条一項の飲食店営業等の種類として飲食店営業や喫茶店営業等をあげ、規則第二八条二項において、営業所の敷地の境界線における夜間(午後一〇時から翌日の午前六時までの時間をいう。)の許容限度として、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び住居地域においては四〇デシベルと規定している。

また、条例第四八条の二第一項は、「静穏の保持を必要とする区域として規則で定める区域内において、規則で定める営業を営む者は、深夜(午後一一時から翌日の午前六時までの時間をいう。)においては、営業所において規則で定める音響機器を使用し、又は使用させてはならない。ただし、当該音響機器から発生する音が営業所の外部に漏れない措置を講じた場合は、この限りではない。」と定め、規則第二八条の二において、条例の右規定の「区域」として、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び住居地域を定め、「営業」の種類については、飲食店営業及び喫茶店営業と定め、「音響機器」の種類については、カラオケ装置、電気蓄音機等をあげている。

さらに、条例第五一条は、知事は、条例の第四八条一項、第四八条の二第一項等の規定に違反する行為により、人の健康又は生活環境が損なわれると認めるときは、当該違反行為をしている者に対し、期限を定めて、その事態を除去するために必要な限度において、当該違反行為の停止その他必要な措置をとるべきことを勧告することができ、その勧告に従わない場合には、期限を定めて、事態を除去するために必要な限度において、当該違反行為の停止その他必要な措置をとるべきことを命ずることができると定めている。

このように、愛知県において条例で騒音問題について規制を定めている以上、本件における騒音の受忍限度の問題については、右条例の基準に照らし判断するのが相当である。したがつて、本件建物をカラオケボックスとして営業する債務者木下善彰及び同六川晴美が騒音につき遵守すべき基準は、特段の事情のない限り、夜間(午後一〇時から翌日の午前六時までの時間)においては四〇デシベルを基準に考えるのが相当である。

(2) そこで、次に債権者の被害が受忍限度を超えるか否かについて判断する。

<1> 本件建物の空調機の騒音について

前記認定事実によれば、本件建物の空調機の音が、別紙図面二のA地点では常時約六二デシベル、B地点では常時約五七デシベル、C地点では常時約五四デシベルであり、債権者が債権者宅内部での騒音を測定したところ、南側サッシ戸を開けた状態では四八ないし四九デシベル、南側サッシ戸を閉めて施錠した状態では三七ないし三九デシベルであつたこと(もつとも、債権者宅内部での騒音のうち本件建物の空調機による騒音がどの程度のものであるかは明らかではない。)、本件建物につき株式会社メッカがカラオケボックス営業から撤退した後に、債務者木下らにおいて本件建物につき防音工事を行つたものの、なお、空調機の騒音を上回るカラオケ音が発生することがあることが認められる。

このように、本件建物の空調機から発生する騒音は、条例に定められた四〇デシベルの基準をはるかに超えるものであり、午後一〇時以降、このような騒音が本件建物の営業時間が終了するまで連続して絶え間なく発生することを考慮すると、本件建物の空調機から発生する騒音は、午後一〇時から翌日の午前六時までの間については、受忍限度を超えているというべきである。債権者は、時間帯をとわず債権者宅敷地に四〇デシベルを超える騒音を侵入させてはならないとの申立てをしているが、午前六時(同時刻までに本件建物の営業が終了することについては争いがない。)からは本件建物の営業が開始するまでの時間帯においては、債権者に対する空調機による騒音被害は発生しないし、本件建物の営業開始後午後一〇時までの時間帯は、一般的な睡眠時間でもなく、また債務者らの営業の自由も一方では保護されるべきものであるから、本件建物の空調機から発生する騒音が右認定のとおりのものであることを考慮しても、いまだ受忍限度を超えていると認めることはできない。

ところで、債務者木下善彰は、債権者が主張する騒音は、本件建物の営業から発生したものと特定することはできず、国道一五五号線を自動車が通行する際に発生する騒音も本件建物の営業から発生する騒音を上回るかそれに匹敵するものであると主張する。たしかに、国道一五五号線を自動車が通行する際に発生する騒音が、本件建物の営業から発生する騒音を上回つているか、あるいは、そうでなくとも、四〇デシベルの基準を上回つていれば、その限度で債権者の主張は理由がないことになる。しかしながら、本件においては、平成六年四月一日午後九時から午後九時四〇分の間に、国道一五五号線を自動車が通行する際に発生する騒音は、別紙図面三の<3>の地点で六〇デシベル、<4>の地点で六五デシベルであつたことは認められるものの、午後一一時以降の自動車の通行量などは不明であり、午後一〇時以降の国道一五五号線を自動車が通行することによる騒音が本件建物の営業から発生する騒音を無視しうる、、あるいは四〇デシベルの基準を遵守させるのが相当ではないと認められる程度の状態に達しているとはいまだ認められないから、債務者木下善彰の右主張は理由がない。

また、債務者木下善彰は、債権者宅のエアコンの室外機から発生する騒音は、本件建物の空調機から発生する騒音と同程度かそれ以上であると主張するが、本件建物の敷地と債権者宅敷地との境界線において、債権者宅のエアコンの室外機から発生する騒音が本件建物の空調機による騒音を上回つていると認めるに足りる疎明はないから、債権者の本件申立てが権利の濫用であるということはできない。

<2> カラオケ騒音について

前記認定のとおり、本件建物から発生するカラオケの音は、本件建物に設置されている空調機から発生する騒音のレベルを超えないこともあるが、ボリューム等によつては、空調機の騒音を上回る騒音に達していることが認められる。そして、測定したのは一日であるものの、同様の状態は、ひんぱんにあり、とりわけ週末は、平日に比べると営業を終了するのが遅くなるため、騒音が発生する時間も長くなつている。

右の事実からすれば、本件建物から発生するカラオケの音量は、四〇デシベルの基準を上回るものと認められる。そして、本件建物においては、カラオケの音が外部に漏れないようになつているとは到底認められず、また、午後一一時以降翌日の午前六時までの間もその使用を許すのでは、債権者の受忍の限度を超えていると認められる。

もつとも、債権者は、時間帯を問わず債権者宅敷地に四〇デシベルを超える騒音を侵入させてはならないとの申立てをしているが、午前六時から午後一〇時までの間の部分については、前記の<1>で述べたのと同様の理由により理由がないというべきである。

<3> 照明灯による光害について

前記認定のとおり、本件建物の駐車場に設置されている五基の照明灯により、本件建物の駐車場はかなりの明るさが確保されているため、債権者宅敷地も相当程度明るい状態となつていることが認められる。しかしながら、右の状態は、債権者の受忍限度を超えているとはいまだ認められないから、債権者の照明灯の使用の停止を求める部分は、理由がないというべきである。

3  保全の必要性について

三2で認定したとおり、債権者について受忍限度を超えていると認められる部分がある以上、受忍限度を超えている部分については、保全の必要があるというべきである。もつとも、間接強制については、現段階では、これを認めるのは相当でないから、これを付さないこととする。

四  結論

以上のとおり、債権者の本件申立てのうち、債務者木下善彰及び同六川晴美に対し、午後一〇時から翌日午前六時までの間に債権者宅敷地に四〇デシベルを超える騒音の侵入を禁止することと、午後一一時から翌日の午前六時までの間に本件建物でカラオケ装置を使用し、あるいは使用させてはならないとの部分は、理由があるが、その余の申立て部分及び債務者木下華子、同金林幸愛に愛する申立ては、いずれも理由がないから、主文のとおり決定する。

(裁判官 田辺浩典)

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